最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)734号 判決 1960年6月02日
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人弁護士小林哲郎の上告理由について。
所論の点に関し原判決の判示するところは次のとおりである。すなわち、 岩楯春雄の母親である岩楯さだはパチンコ屋経営の資金とすべく、金融業者である上告人に金員借用方を申込み、その結果、昭和二九年一月二九日上告人は岩楯春雄に金二〇万円を弁済期同年二月二八日利息一ヶ月九分天引の約束で貸与し、且つ春雄は右債務の履行を担保するため、上告人に対し自己の所有に係る東京都江戸川区一之江三丁目四番地宅地二八四坪三合八勺及び同所同番地二の地上建物につき抵当権を設定するとともに、右債務の支払を怠つたときはその支払に代えて右抵当物件の所有権を取得することのできる旨の代物弁済の予約を締結し、且つ右抵当権の実行と代物弁済の予約の完結権行使の選択は上告人に委ねられていたこと、そして以上の取引はすべて右さだが右春雄の諒解の下になしたものであるが、右担保物件の価額は契約当時において少くとも八〇万円を下らないものであるところ、このように被担保債権額の四倍にも当る物件を右代物弁済予約の目的物とした所以のものは、右さだの軽卒無経験に乗じられたものであつて、ひつきよう右代物弁済の予約は公序良俗に反し無効のものであるというのである。
しかしながら、思うに、右のような場合金融業者は初めから担保物件を処分することを目途として金融をなすものとは限らないのであり、金融業者の中には、元本から生ずる定期の利息を以て利殖を計ることに専ら重点をおき、いわゆる担保はねせたままで利息を稼ぐ業者もないわけではなく、このような金融取引は債務者側からしても比較的安全であり、債務者としては金利を支払いつつやがて担保物を回収することができるわけである。さればかような金融取引において担保物の価額が被担保債権を多少オーバアーすることは問題ではないのであつて、問題は金融業者が巨利を博すべく債務者の窮迫に乗じ、そのような担保物を初めから処分する目途の下に提供させたかどうかという点である。これを本件についてみるに、成る程被担保債権額二〇万円と担保物の価額八〇万円との間にはいささかバランスのとれない観がないでもないが、上告人が右のような担保物を提供させるについて巨利を博すべく前示さだの窮迫に乗じ右物件を初めから処分する意図であつたということについては原判決は何ら言及しておらず(むしろ原判決認定の本件取引成立前後の事情より判断すればさだは窮迫に乗じられるような環境にいたものではなかつたことが窺われる)ただ単に本件代物弁済の予約はさだの無経験軽卒に乗じられたものだと判示するのである。しかし原判決によればさだは従来弱年の息春雄の所有する不動産を担保として、しばしば他から金銭を借入れ或は土地を分筆処分する等一切を春雄に代つて取り運んでいたというのであるから、この事実に鑑みればさだにおいて本件物件を担保物として提供したことがその無経験且軽卒に乗じられたものとはたやすく断定できないばかりでなく、むしろ右事実に原判決の認定するようにさだにおいて本件物件を担保に供した後これを分筆してその一部を他に譲渡したという事実を併せて考うれば、さだは本件のような金融取引についてはすでに経験があり、本件取引は計画的になされたものではないかと考え得ないわけのものでもないのである。更に原判決は本件取引の弁済期が極めて短期間であることを云々する。しかし、原判決によればさだはパチンコ屋の儲は大きいものと思い本件借入金程度の資金の回収はたちどころに得られるものと期待していたというのであり、そのように期待することはパチンコ屋を経営する者としてあながちあり得ないことを期待したものとも断定し難く、従つて本件弁済期が短期間だという理由によつてさだが軽卒に本件取引を敢えてしたものとも断定し難い。
以上を要するに、原判決認定のような事情だけでは、本件代物弁済の予約は無効のものとは解し難く、しかく解するには更に何らかの事情が附け加えられることを要するものと解するを相当と考える。すなわち原判決は叙上の点において審理不尽、理由不備の欠陥を蔵するものと云うの外なく、従つて原判決にそのような欠陥あることを主張する趣旨と解される所論は結局理由あるに帰し、原判決は到底破棄を免れないものと認める。
よつて、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 入江俊郎 裁判官 高木常七)